Last kingdom2   タナト様作品



 ロビンは最近、劣等感に悩まされていた。



 Last kingdom2




最近彼のご主人様「カイン」は「エリック・フォスター」という飼い犬を特に気にかけているらしいと聞いたからである。

ロビンも名前くらいは聞いたことはある。コロシアムであの大人気剣闘士「トンマーソ」を倒し、新たな覇者となったやつだ。
それがご主人様の飼い犬だと知った時は、これでご主人様の評判もあがる!とロビン自身嬉しくなったものだが、後で沸いてきたのは不安だった。

聞けばカインは、エリックが試合を控えた夜。一日も欠かすことなく訪れて少なからず高ぶっているエリックを労わるらしい。
聞けばカインは、奴隷解放の権利を有したのにもかかわらず、自分のそばにいたいとその権利を放棄したエリックに大層感激したらしい。
聞けばカインは、ロビンがその話を聞いて自分も剣闘士になる!と駄々をこねた後、エリックのところで愚痴っていたらしい。

ここまででも充分羨ましく、かつ嫉妬に狂うのだが(そして少し反省する)問題はこれだ。



 
       聞 け ば、カ イ ン は エ リッ ク に 体 を 許 し た ら し い 。




憤死ものである。


ロビンも男だ。いやカインの飼い犬になると決めた時から、性別に拘らない愛を捧げているのだから別に重要な事ではないが、愛する人を抱きしめ慈しみたい。
といった保護欲、独占欲はある。
けれどカインは受身に回る事や、ただ愛を受けているだけという立場が好きではないといったため、そうなのか。と選択肢から除外していた。(カインは情事のことでも多少の要望は取り入れてくれる)

だが、エリックはやすやすとそれを実現させたのだ。

悔しい。悔しすぎる。




おそらくエリックも思っていることだろうが、ロビンがカインをを愛していると言う気持ちはこれまで誰にも抱いた事がないほど、大きく、確かで深いものだ。
ロビンはカインほど愛や温もりや安堵に飢えた生き物を見たことがないし、カインほど愛したものもない。かつての恋人達や、美しいと思った場所、人生最後の日に食べたいと思う好物だって、カインほど大事に思えない。

けれどカインはそうではないかもしれない。そう思うと怖くて仕方がないのだ。

カインは一度もロビンに体を許した事なんてない。
決まった周期に訪れてくれるわけでもない。
ロビンは一度もカインにとって名誉な事を成し遂げたわけではない。

そんなロビンはカインにとって愛すべき対象なのだろうか?と時折どうしようもないほど不安になるのだ。






「と、思うんだ。お前はそんなことないか?」

「・・・・・・・・ある。が、それは特に重要な事ではない。」

「なんでっ?!」

定期的に連れ出される日光浴で、最近ご主人様に飼われることになった元エリートサラリーマンの「フィル」を見つけたロビンは、ここぞとばかりに不安をぶちまけた。なかばうんざりした顔をしていたフィルだったが、そんな顔も精悍なのでやはりご主人様は見る目があるなぁ。と思う。
年をとっている部類にもかかわらず、赤ん坊の格好ばかりさせられていたフィルだったが、最近では態度の変化が認められ他の犬達と同じ格好をするようになった。(とはいっても早い話が裸だ)

いいか?とわざわざ人差し指をたて、教師が生徒にするように自分に注目させるとフィルは噛み砕くように説明する。

「エリックがご主人様を抱いたのは、確かに羨ましい。それだけ近しい存在なのではないかと思う気持ちもわかる。だが。」

と言葉を区切り、フィルはロビンにさも当然のように言い放った。

「ご主人様が俺達全員を愛してくださっていることに変わりはない。」

でもっ、と言い募ろうとするロビンをよそにフィルはふいっと顔をそむけると、そのまま歩き出した。きっと充分に日光浴したので部屋に戻るのだろう。

「納得できないというのなら、納得できるまで努力したらどうだ?ここで俺に愚痴を零すよりよっぽど効率的だ。」

ロビンはぐっと言葉に詰まった。フィルのいう事は最もだし、実際そうして努力するやつがいうと言葉に重みがある。フィルは心のこもった人付き合いは苦手で初心者もいいとこだったが、それでも努力を怠らず、ご主人様の前では「ぼく」といったり決して乱暴で粗野な振る舞いはしないなどの努力を続けている。
それは「大好きな人の前ではいい格好したがる子ども」そのものだったが、それでも「透けて見える努力でもその気持ちが可愛い」らしい。
30を過ぎたいい年のフィルのどこが可愛いのか?と悪気なく聞いたとき、カインが少し意地悪い笑みを浮かべてそういったことを思い出し、「やはりフィルも可愛いなにかがあるのだな」とやきもちを焼いた。

「なんだ。ええかっこしいめ。」

ちょっとむっとしたので、ロビンは去りゆくフィルの姿を見ながらポツリと呟いた。そして、こんな意地悪なところがあるのを直さなきゃなぁと思う。

















「久しぶり、ロビン。」

「ご主人様っ!」

その次の日、カインが約2週間ぶりにロビンの部屋を訪れた。以前とは違いエリックもフィルも連れていない。

「ご主人様、今日は一番に俺のとこにきてくれたんですか?」

「ん?ああ。そうだよ。いつもいつも同伴を連れてくるわけじゃないさ。」

嬉しい?とにっこり微笑みながら、カインは立ち膝で腹部に抱きつくロビンの頬をそっと包んだ。

とたんロビンはうっとりと目を細め、ついで「はいっ!」と顔を赤らめながら、けれどはっきりと返事をした。







「・・・・・・・ところで、ご主人様」

「ん?」

ロビンの部屋のベッドで、誰にも邪魔されずのんびり話をしていた二人だったが、ふいにロビンが真剣な顔で話を切り替える。
いつも快活な仔犬がこのように真剣になることなど滅多にないため、カインも顔つきが変わる。

またロビンを飼いたいという輩が増えたのだろうか。あれ以来手をまわしいくらか減らしたはずだが・・・。懲りずにやってきてロビンに触れているのだろうか?
そんなカインの思考をロビンの声がさえぎった。

「どうしてエリックには抱かせたんですか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

その時ロビンは、世にも珍しいカインの唖然とした顔を目にすることになる。


「エリックがご主人様を抱く許可をもらったって聞きました!俺は一度もそんな許可もらったことないのに、どうしてエリックだけなんですか?やっぱりエリックの方が俺より可愛いですか?俺、俺っ、ご主人様の名誉になるような事何にもしてないから?だから、俺よりエリックが好きですか?」

単刀直入なロビンに唖然としているカインをよそに、ロビンはその勢いのまままくしたてる。
ベッドの上にへたりと座り、握り締めた拳に視線を落としながら。

カインはというと、何で知ってるんだろう?とか、しつこい男の話じゃなかったのかとか、これやきもちなんだろうか?とか、許可も何もお前そんなことしたいって言ったことないじゃないか。とかいろいろ考えていた。

けれど可愛い犬が泣きそうになっているという事態。これは許しがたい。

「ロビン、なくなよ。俺はみんな等しく愛してる。皆が特別だよ。」

「・・・っでも、ご主人様は、俺が剣闘士になるっていったとき、反対しました。」

「当たり前だ。お前はエリックと違って訓練を受けたわけではない。」

きっぱりと言い切るカインに「お前は役に立たない」と言われたような気がした。

「俺だって・・・!護身術の訓練は・・・・!!」

「俺が言っているのは生き延びる訓練だ。」

顔を覗きこんだカインの強い視線に、ロビンは怯む。こんな目は自分の調教の時だって見せたことはない。

「エリックは軍人だ。敵とされたものを殺し、それらから殺されそうになり、それでもなお生き延びる訓練だ。警察の訓練は射撃訓練と、行動不能にする訓練が関の山。確実に殺す訓練とは次元が違う。」

「・・・・・・・・・じゃあ、俺をとめたのは・・・・。」

「お前では殺される。そう判断したから。」

ぐっと、悔しさから拳にかかる力が強くなる。その手に気がついたカインはそっとその手をとり、丁寧に解いてやりながら聞く。

「ロビンは俺を抱きたいのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・はい。」

「そうか。でもお前はそれを言ったことなかったな。」

「それは、ご主人様が・・・・受身は嫌だと言ってたから・・・・。」

「・・・・・・・そうか。ありがとう。」

心遣いに嬉しくなったカインは、そっとロビンにキスをした。そのまま掌でも良かったが、懇願したいわけではないから。

「エリックに俺を抱く事を許したのは・・・・・・。」

「・・・・?」

いおうかどうしようかためらう様子のカインに、ロビンは眉を寄せた。そんなに深刻な事なのだろうか。自分は聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないだろうか?と。

「俺の、ことを話したから。それでエリックが逃げるのを、阻止するため。だった。」

「!」

ヴィラ中の誰もが疑問に思っていること、「カインの素性」をエリックは聞いたのか!ロビンは、嫉妬よりもまずそのことに驚いた。

「エリックは調教の時、男である事をことさら強調していたから、男役をやらされば・・・・と思ったんだ。」

「・・・・・・・。」

ご主人様らしい。ロビンはそう思った。実際にそんな男にあたったことはないが、客の中には自分から逃げそうなやつを、さらに痛めつけて無理やり服従させるやつもいると聞く。それでいて心が壊れたら捨てるのだ。

やはりご主人様は優しい・・・。

カインをそんな奴と一緒にしたことはないが、ロビンはまたカインへの愛と忠誠を強く実感した。

「ご主人様のこと・・・・俺も聞いていいですか・・・・?」

まだ少しためらいがちなカインに、これは図々しいか?と思いながらもロビンは聞いてみた。

「・・・・・・・・。俺は、以前奴隷だった。」

「!!」

少しの逡巡の後カインが発した言葉は信じがたいものだった。
しっかりと自分の目を見ていることから、嘘をついているわけではないと分かっているが、それでもロビンは信じられなかった。ヴィラに来て少ししか経っていないし裏世界のこともよく知らないが、奴隷が逃げ出してヴィラに通えるほどの財産を築くだなんて話は聞いたことがなかったのだ。

「俺は人身売買にかけられ、とある資産家に買われた。ああ、今はもういない。俺が逃げる時殺してきたから。」

それから淡々とかいつまんでカインが話すたび、ロビンの顔は沈み、俯いていく。

ざっと話したとき、カインは少しだけ悔やんだ。怯えさせただろうかと。

「ロビン・・・・?」

そっと声をかけたとき、ロビンがガバッと抱きついてきた。

「ロビン!?」

驚き、けれどしっかりロビンを抱きとめたカインの耳にしゃくり上げるような声が届く。
ああ、やはり怯えさせてしまったか。と思ったとき

「・・・・っもう、大丈夫、ですよ・・・っ!!」

というロビンの震える声が聞こえた。
さっきとは違う意味で驚いたとき再び言い聞かせるように

「もう、大丈夫です!ご主人様は・・・・、もうっ大丈夫なんですからね!!」

「ロビン・・・・」

「くそっ、なんでだ!!何でご主人様がそんな目にあったんだ!」


ロビンは怯えたわけでもなく、ただただ、カインのために、カインの受けた苦痛を思って泣いていたのだ。


まだ小さく「くそっ」とか、「なんでだ」とか呟くロビンの背中に改めて手を回し、カインはぎゅっと抱きしめた。

すごくすごくくすぐたい気分になったから。


だからするりと言葉が口をついてでてきた。



「ロビン、俺を抱いても・・・・いいよ。」



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